ポツンとカサンドラ

パニック障害 カサンドラ症候群 子どもの不登校からの回復記   

カサンドラ状態によって引き起こされる、様々な身体と心の病気の情報を掲載。
パニック障害や、子どもの不登校問題に取り組んだ記録です。
読んで下さる方と、一緒に乗り越えてゆくためのブログです。

2019年09月

総合病院に到着し、まだ息苦しさは
治りませんでした。
痰が次々出てきて、喉にへばりつく感じでしたが、
飲み込みができず、苦しかったです。


私が椅子に座って若い女医さんに問診を
受けているものだから(横になると、余計苦しい)
カーテンの裏から出てきた、でっぷりした男の先生は
小ばかにしたように、
「えっ?あなたが救急車で運ばれてきた人?」
とさも軽症で救急車を呼びやがって、
という雰囲気でした。


いや、人生でこんな苦しい思いしたの初めてだから
救急車呼ばないでいつ呼ぶの!?今でしょ!!
(二年越しのツッコミ)


足の付け根の動脈から採血し、胸部レントゲンを
とったけど、異常はなし。
過換気症候群と診断され、安定剤3錠くらいで
帰された。


まだこんなに苦しいのに・・・。後から思うと、
この時はなんで心電図は取ってくれなかったんだろう?


次の日もうまく息が吸えず、ずっと横になっていた。
息ができないから、食べられない。
何とか腹ばいになって少しづつ食べた。
このまま食べなかったら死んじゃうと思った。
どんどん衰弱しちゃう気がして、必死で食べた。


2日後、テレビもまだ集中して見られない。
夕食は昨日より食べられた。
ちょっとしたうどんで、2時間もかかったけど。
話は少しできた。


本当にこれはパニック障害?
パニック障害だと、ある一定時間過ぎて安心すると、
さっきの苦しみがウソのように治ると聞いていた。


パニック症状ではあったと思うけど、
自立神経失調による、心肺機能の低下だったと思う。
医者なんて信用できないと、この頃から思い始めてた。
まだ若いから、平気そうにしているから、
という思い込みが医者側にあったんじゃないのか。


不安から、ドクターショッピングが始まりました。
そして、本格的なパニック障害になっていきました。


おわり

<パニック障害きっかけ>長々10話も
書いてしまいましたが、
読んで下さってありがとうございました。


パニック障害が酷くなっていき、そして、
今こうして二年後、どうやって症状が落ち着いていった
のか。発作の後しばらくして始まった、子どもの不登校と、
カサンドラ状態とあわせて、これからも書いて
いこうと思います。
宜しくお願い致します。






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七月の台風の日の前日、すでに不眠症が始まっていた私は、
睡眠導入剤が切れてしまうので、別の近くの内科の病院
を初めて受診しました。

そこの先生は、「今一錠で飲んでいると、その量で眠れなくなった
時に薬の量が増えていってしまうから、半錠からに
した方がいいよ。」と仰いました。私も極力薬に頼るのは
避けたかったから、その晩は指示にしたがって、半錠だけ
飲んで寝ようとしたのですが・・・。
全く眠れず!途中で半錠追加しても、焦って眠れない。
台風の朝は寝不足状態で、今までで一番体調が悪かったのを、
覚えています。


子どもはその日はずる休みをしていて、
また休むの~!?と心穏やかではありませんでした。


その頃本当に体調が悪く、ヘルパーの仕事のシフトを
減らしてくれるよう、事務所にメールでお願いをしていましたが、
なかなか返事がもらえず、夕方管理者の一人の携帯に
電話をしました。


1回目 トゥルルルー・・トゥルルルー・・出ません。
2回目 トゥルルルー・・ガチャ・・・ブチッ!


わざと無視され、切られたんだと思いました。
シフトを減らして欲しいことに対して
怒っているんだ・・・。
今にして思うと、完全に「認知の歪み」を起こして
勝手に自分でそう判断して、焦ってしまいました。
寝不足が続いて、正常な判断ができなくなって
いたのかもしれません。


時短にもできないし、辞めさせてもくれないんじゃないか?
頭の中がパニックになってしまい、
心臓が走ってもいないのに、ドキドキしてきました。


結局は向こうから掛けなおしてくれて、
体調が悪いことを説明したら、明日から時短でシフトを
組んでくれるということで、ほっとしたのにも
関わらず、身体の暴走は止められなくなって
いました。


心臓は逆にゆっくりに感じ、一回一回が
ドクン、ドクンと大きく必死に血液を押し出して
いる感じがしました。


呼吸ができない
酸素不足なのか、手足が震える
冷や汗がでる
顔の筋肉が硬直する
喉が異常に乾く
でも、水を飲み込めない
飲み込みを指示する神経が麻痺してる感じ


一時間くらい我慢しただろうか?
収まらない
自分の身体がおかしい
死んじゃうかもしれない


苦しくてもだえる
じっとしてられない
横になると、かえって苦しい
台風の雨風がだんだん強まってきて
風の音が、不安をますます大きくしていった。


これがもしかして、過呼吸ってやつか?
まったく初めての事態に
自分の身体に何が起こっているのかわからない。


子どもがネットで過呼吸について調べてくれた。
数を数えながら、四つで吸って、八つで吐くを繰り返すらしい。
だめだめ、長く吐いていると余計酸素不足になって
目の前が白くなっていく。


また一時間が経ってしまったかもしれない。
治る気配もないし、呼吸が苦しくて我慢できないので、
夜八時くらいに子どもが救急車を呼んでくれました。


ずる休みしてイライラしてたけど、
いてくれて良かったよ。
だんなは飲み会でいないし、
電話してもでない。
携帯持ってるのに、いつも着信音を消している。
意味ないじゃん。


救急車が病院に向けて家を出る時に、何事?と
窓からのぞく、だんなの間の抜けた顔が見えて
きました。
これで、だんなは私の今までの苦労を
分かってくれるだろうか・・・。
どんだけ毎日神経すり減らしていたか
理解してくれるようになるだろうか?
そんなことを考える余裕があったかどうか、
はっきりは覚えてないけど、
もしかしたら、どこかでほっとしていたかも
しれない。



つづく

















もう少々お付き合いください。
もうすぐ救急車に乗ります。


その少し前にさかのぼって二月下旬、
夫が居間で、確定申告の提出書類をプリントアウト
してて、その紙を見てしまった。
外為FXの損失らしき数字を・・・。


問い正そうとすると、隠そうとする。
「何を今さら」とか訳の分からないこと言って。
子どもが小さい時、初めて大きな損失を出したときは、
申し訳なさそうに謝ったくせに、
今となっては、「オレの金で何しようが、オレの勝手だ!」
と開き直っている。


これからローンを組んで、家を買うというのに・・・。
自分のことしか考えてない。
ギャンブルみたいなものだと指摘すると、
いつも逆ギレされる。


この他にも、夫の家を買うことへのあまりの無関心さや、
子どもへの対応の不満から(ただでさえ、学校でストレスを
抱えているのに、ちょっかいを出して、ますます
イライラさせてしまう。子どもはあなたのおもちゃじゃない!)
夫婦の溝は増々広がっていました。


一気にまた、離婚した方が身のためだ。
家なんて買ったら最後、ますます離婚しにくくなる。
という、心の声がしました。


でも、リフォームの業者さんには、契約はまだなのに
既に市役所の提出書類の関係でいろいろ動いてもらって
しまっているし、不動産屋さんにももうすでに
散々お世話になっていて、手付金も払ってしまっていた。
もう後戻りできない気分だったのです。


心の声の忠告に、結局従うことはしませんでした。
私自身も家を買うことへ、執着・依存していました。
不動産契約を結び、リフォームの契約も済ませました。



忘れもしない7月4日、朝から季節はずれの台風が
刻一刻と近づいてきていました。





私は、土曜・日曜・祝日が嫌い。
なぜならいつも一人で買い物に行かないと
いけないから。


平日はいいんです。みんなも奥様だけで来てる
場合が多いから。
でも、土日祝日になると、どっと家族連れが増える。


きゅ~と、胸を締め付けられるような寂しさに見舞われる。


うちも子どもが元気な時は、家族で買い物に
出る時もあるんです。
でも、子どもは学校行くだけで体力と気力を使い果たして
しまうから、それもなかなか行けない。


夫は、子どもが一緒なら喜んで一緒に買い物に行くんです。
いないと、絶対きません。
一年に一、二度、あったか。
たまたま向こうも買いたいものがあった時。


「終わったらまたここで」と現地解散され、びっくりしました。
久しぶりに夫婦で一緒に買い物できると、喜んだのに・・・。


なかなか気持ちを良い状態に保つのが、難しいです。
でも、最近ブログを始めたお陰で、一人じゃない・・・。
という気がして、ここで吐き出すことで救われます。
いつもノートの日記に書いていたのと、一味違いますね。


読んでいただいて、ありがとうございました。

住宅が密集していなくて、ある程度広くて
スーパーも近くて、利便性のある場所。
子どもの学区も変わらないところ。
不動産会社のサイトを見ていたら、
偶然にも見つけてしまったんです。
売りに出ていた、中古の古い空き店舗が・・・。


リフォームの仕事に携わったこともあるので、
リノベーションによって、使えるところは
使って、古いものは新しくして、建物が生まれ変われる
ことは分かっていました。
真新しいものより、古い雰囲気が残っているもの
の方が好き、というのもあったし、将来何か
自宅でお店をやりたいと思っていた私には、またとない
物件でした。


たまたま住んでいた上階の音の問題と、
たばこを吸う夫が集合住宅では、なかなか
思うように吸えないという問題もあり、
夫は意外にもこの話に、大した反対をしませんでした。
私も自分の貯金から「これ位出せる」と示し、説得した
結果・・・


「いいけど、俺は仕事が忙しくて、家に関する手続き
一切できないよ。」

ということで、OKを頂きました(頂けたことにしました)。


土日になると、うつになっていた私でしたが、
毎日が輝き出しました。将来に希望が持ててきたからです。
未来が楽しく感じられてきたのです。
家族がいるにも関わらず、孤独を感じる日々から、
もしかしたらお店を通して、生き生きと
お客様やご近所の方と関われる、老後が待っている
かも知れないと、夢を持っていました。


毎日とても忙しくなりましたが、充実してました。
リフォーム会社に2社頼んで、見積もりを出して
貰ったり、間取りを練ったり、店舗付き住宅について調べたり、
ローンを組む手続き、ローンを組むのに必要な火災保険に
ついて調べたり、勉強することが山のようにありました。
何よりも市役所で、用途変更の開発許可をもらわないといけない
物件だったので、その書類を揃えるのに一番苦労しました。



けれどそのうち、そもそも家なんて買って、老後の生活費は足りるのか
不安になっては試算してみたり。
いつか大きな地震が起きたらどうしよう・・・と不安になったり。
泥棒対策はどうしようとか、台風が来たらとか、
家を持つということは、不安も一緒に背負い込むような
気持ちがしました。そのための火災・地震保険なのに、
根が貧乏性なもので、結局基本プランしか契約できませんでした。


こうした不安や心配事が、ますます脳を疲れさせ、蝕んでいく
ことになるとは、その頃は全く予期していませんでした。








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