ポツンとカサンドラ

パニック障害 カサンドラ症候群 子どもの不登校からの回復記   

カサンドラ状態によって引き起こされる、様々な身体と心の病気の情報を掲載。
パニック障害や、子どもの不登校問題に取り組んだ記録です。
読んで下さる方と、一緒に乗り越えてゆくためのブログです。

子どもは、甘えん坊で、内気で気弱なタイプです。
外で我慢している分、家ではたまに癇癪を起こしていました。


一人っ子だったし、いとこも年上ばかり。
少し遅めに結婚して、しかも筋腫があったため、
なかなか妊娠できなかったから、
そんな子育て環境になってしまったことを、
「兄弟がほしかった」と言われる度に、「ごめんね…」
と謝ってました。


小学生の頃は嫌なことがあると、わーわー泣いて私に愚痴って
いたけれど、学校をほとんど休まずに卒業できました。


中学に入り、運動が苦手なのに運動部に入ってしまった。
これがそもそもの間違い。
顧問の先生は50代の昔ながらの根性論指導者。
ハッパをかけて、叱り飛ばすことで、子どもは強くなると
信じているようだ。そうした指導方法しか自分も受けて来なかった
だろうし、他に方法を知らないのだろう。


暴言を良く吐いて、子どもはストレスまみれ。
次第に食欲をなくしていった。
(詳しくは「不登校」の方に書く予定)
子どものストレスは、私のストレスにもなっていきました。


7月に入り私は不眠症を抱えながら、
考えるべきこと、やらなきゃいけないことが多すぎて、
ますます調子がおかしくなっていきました。
息抜きにと散歩をするのですが、ふらふらしたり、息が切れる
ような感じもありました。


焦りを感じやすくなり、背中の上の方がきゅーっと痛くなって、
料理がまったく進まなくなってしまう日がありました。
にんじんを切っては、途中で休み、みそ汁すら
作れないほど、血行不良という感じで、息がしづらい
感じがしました。


夫に電話して早く帰ってきてくれるか、頼んでみました。
弱弱しくなっている時は、ちゃんと助けてくれるんだな~
と、その時はほっとして背中の痛みも少しほぐれた
気がしました。でも、いつもいつも、「離婚」という
言葉が頭をちらついてしまうのです。









入眠障害が始まったのは、パート、夫のこと、
子どもの学校生活のこと、家の購入、様々なストレスが
重なったことが大きく関係していますが、直接のきっかけは、
上の階に住んでいる方が、深夜に水道を使う音が気になって
しょうがなくなったことです。


「ウォーターハンマー現象」というらしいですが、
水道の開け閉めの際に、水圧が急に変わることで、
「キュッ、ボン」といった大きな音が聞こえるのです。
古い建物で、上下階の音は良く響く中、気を使って静かに
生活してくださっていたのですが、深夜2時とかに
その音で何回か目が覚めてしまうと、またその音が
聞こえるんじゃないか?と神経質になって再び入眠
できなくなって朝を迎えたり、そのうち最初から寝付け
なくなってしまいました。


次の日があまりにも辛いし仕事にも支障がでるので、
内科で睡眠導入剤を処方してもらいました。
今に至るまでずっと飲まないと寝付けません。
完全な不眠症です。


その時は、上の階の方を恨んでましたが、
もうその時はすでに自立神経に不調をきたし、
交感神経が優位で興奮しやすく、睡眠のホルモンなども
出にくい状態だったのでしょう。


交感神経が優位になった状態だと、怒りっぽくなり、
ちょっとしたことで、キレやすくなります。


その頃は家族に対して本当にイライラしていました。
夫とはもともとコミュニケーションが取れず、
悩んでいたし、子どもも部活がストレスで毎日の
ように愚痴を言って、食欲もなく、宿題もできず、
私は心配ばかりしていました。

48歳の時でした。

当時は主婦業・パート・趣味・自宅の購入のことに
奔走して、かなり活動的でした。


夢にあふれてました。自宅は中古でもいいから
一戸建てに住みたい。自宅兼店舗にリフォームして、
将来子育てが一段落したら、そこで何か始めたいと
思っていました。

ですが・・・。


疲れやすくなってきているのは、感じていました。
今思えば、家を購入するという一大イベントにハイに
なり過ぎて、体に色々問題も起きているのに、
気が付かず、予定を詰め込み過ぎてしまっていました。


色んな自律神経の乱れのサインが出ていることに
気が付かなかったのです。


パートは重度訪問介護ヘルパーで、特殊な障害を持つ方
の身の回りのお世話でした。私の担当の方は、
人工呼吸器をお使いだったので、痰の吸引の資格もとり、
かなり神経を使う仕事でした。スピード勝負なのに、
かなり動きがトロかったようで、良く怒られていました。
時々深呼吸を意識しないと、息苦しく感じるように
なってきていたし、長時間の立ち仕事も辛くなってきました。


リフォームの手配や、引っ越しもあるので、
この仕事はそろそろ潮時かな~と思い始めていたの
ですが、なかなか介護の人員不足で、事務所には
言い出しづらい雰囲気でした。
言い出し辛いがために、週に1、2回なら続けられるかも・・・。
とまだ、辞める決心はついていませんでした。


2017年6月銀行にローンの本申し込みが終了。
いよいよ、後戻りできないところまできました。


その頃、不眠症が始まったのです。

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